ヨーロッパ 世界一周

パルテノン神殿がある街アテネ ギリシャその1

2011/10/10

2011年9月25日 日曜日

昨日は夜だったので、どんな道を通っているかあまり分かっていませんでしたが・・・
宿を出発して街に一歩踏み出した瞬間からびっくり。

ヨーロッパのギリシャの首都アテネで、しかもとっても有名な観光地がこんなに荒んでいるなんて!!!

本日、日曜日はほとんどのお店はお休み。
なので大きな通りに面したお店のシャッターがすべておりてるとはいえ、ひどくさびれています泣

唯一さびれていないのは観光地の中心、モナスティラキ広場のあたりだけ。

モナスティラキ広場。
お土産屋さんやレストラン、カフェがずらりと並んでいます。

観光前にいい匂いのしていたケバブを買って腹ごしらえ。
1つ2ユーロです♪おいしい!

さっそく、遺跡を巡ります♪
目指すは古代アゴラ→アクロポリスの丘→ゼウス神殿。

古代アゴラを目指して進んでいると、モナスティラキ広場の近くにさっそく1つ目の遺跡が。

アドリアヌスの図書館。
主な遺跡の入場チケットは共通チケットなので、あまり観光客のいないこの遺跡で買っていこうと、チケットオフィスに行くと、

「今日は無料です。」と。

まぢ!?ラッキー!!

なんだか昨日から3日間、何かの日(笑)で遺跡の入場料がすべて無料なようです♪
12ユーロ×2人分、得しちゃいました♪♪

さっそく古代アゴラへ☆

古代アゴラとは。
古代アゴラは、紀元前6世紀に町ができてから、ギリシア時代~ローマ時代にアテネの中心地として栄えました。

アゴラは、現代のギリシア語で「市場」という意味ですが、当時は市民生活の中心地を意味し、役所や裁判所、劇場、政治、宗教、文化的施設が集ま
る場所で、政治蚊家や哲学者、芸術家が、議論を交わしたり、情報交換する場として利用。

余談ですが、古代ギリシャでは、買い物は男性の役目だったようです。
買い物ついでに??、ソクラテスやプラトンもここで弁舌をふるっていたそうです。

20世紀まで埋もれていたこれらの遺跡の発掘は1931年からはじまり、現在も発掘・復旧作業が進められています。

古代アゴラの入口にあった、古代アゴラの地図。

ですが、ほとんどの遺跡は破片のみ。
まあ、それもそのはずですが。

広い敷地内の端の丘の上には、この古代アゴラのシンボル的な建物が。

ヘファイストス神殿。

ヘファイストスはオリンポス12神のひとり。
この神殿はヘファイストスを祀ったものではないかと考えられているそうです。
ギリシャで最も保存状態がすばらしい神殿。

神殿の中には彫刻も。

ヘファイストス神殿のあたりからは、丘の下の古代アゴラの敷地が一望できます。
正面にあるのは復元されたアタロスの柱廊博物館。

また、アクロポリスの丘も一望できます。

古代アゴラ内にあるほかの遺跡とはちょっと雰囲気の違う教会。
11世紀に建設されたビザンチン教会のアギィ・アポストリ教会。
現存するアテネのビザンツ教会としては最も古い教会ですが、現在見られる建物は当時の建物を復元したものらしいです。

教会の中。

天井のキリストの絵。

広い敷地の古代アゴラをざっと歩き、いざ目指すは丘の上のアクロポリス!

この道を登って行きます。

アクロポリスの丘の手前に岩山があります。
古代アゴラからもよく見えていた岩山に、ちょっと寄り道。

アテネの街が一望できます。
遠くに見える小高い丘がリカヴィトスの丘。
伝説では、女神アテナがアクロポリスを守る城壁を作るために持ち込んだ岩とのこと。

そして、もちろんアクロポリスの丘もきれいに見えます。

岩山を降りて、もう少し登ります。

イロド・アティコス音楽堂。
アクロポリスの丘下にある遺跡。
復元されたこの遺跡ではコンサートが開かれるようで、音響がセッティングされていました。

やっと到着!

アクロポリスの入口。
アクロポリスは聖域でもあり、都市国家の防衛のための要塞としての役割も持っていたそうです。
現在この丘には、古代ギリシア美術を代表する4つの傑作、パルテノン神殿、プロピュライア(神域の入り口の門)、エレクテイオン、アテナ・ニケ神殿がある。

アテナイ・ニケ神殿。
紀元前424年に完成した神殿。
別名「翼なき勝利の女神」というそうです。
戦いで常に勝利を願うアテネの市民は女神がどこへも行けないようにと翼を切り落としてこの神殿に祀ったというのがその名の由来いだそうです。

プロピュライア(神域の入り口の門)の裏から。
パルテノン神殿の前門。

プロピュライアを抜けた先には。。。

パルテノン神殿!

あれ!?
近づいても・・・

なんだか、見てはいけない姿を見ているよう。
修復中です!!
しょうがないけど。。。でも、現代の技術と一緒に数千年前の建物を見たくなかった気もする。。。

パルテノン神殿は、アテナイの守護神であるギリシア神話の女神アテナを祀った神殿。
紀元前447年に建設が始まり、紀元前438年に完工、装飾等は紀元前431年まで行われました。
パルテノン神殿はギリシア古代建築を現代に伝える最も重要なドーリア式建造物の最高峰と見なされています。

アクロポリスの敷地内には遺跡の破片がごろごろ。

パルテノン神殿横から見たアテネの町と、遠くには海が見えています。

丘下のディオニソス劇場。

裏から見たパルテノン神殿。
やっと歴史の教科書で見たようなパルテノン神殿の姿が見れました。

パルテノン神殿の裏側には展望台があります。

展望台からはこの後向かうゼウス神殿も見えます。

展望台から見たアテネの街。

エレクティオン。
紀元前408年に完成した神殿。

6体の少女像が柱になっている柱廊があります。
この像のオリジナルはアクロポリス博物館にあります。

約2500年も前の建物が修復されているとはいえ残っているなんて、本当に感激でした。
世界史の資料集でいつも行ってみたいと思いながら見ていた遺跡に、自分が建っていることにジーンとしちゃいました。

登ってきた方向とは反対の方向に丘を下って行きます。

アクロポリスの丘の上から見えていたディオニソス劇場。
ギリシア最古の劇場で、演劇の神ディオニソスの神域の一部でした。
前6世紀に木造でつくられ、前4世紀に大理石造に改築された。
約1万7千人の観客を収容できるたそうです。
現在は大部分が壊れ、残るのは舞台の周りだけでした。

ディオニソス劇場、実は入って座れちゃいます。

一番いい席には、大理石の背もたれ付きの豪華な椅子が。
王様(いたのかな?)が座っていたのでしょうか。。。

当時のアクロポリスを南から見た地図。

現在の様子。

お土産屋さんを抜けて、ゼウス神殿へ。

ハドリアヌス門。
高さ18mの門。132年に古代ローマのハドリアヌス帝が、門の西側の古代ギリシャ時代からのアクロポリスと、門の東側のハドリアヌス帝が建設した新しいアテネとの境として建設しました。
門のアクロポリス側には「ここよりアテネ。テーセウス(アテネの英雄)の都市」、ゼウス神殿側には「ここよりハドリアヌスの都市。テーセウスの都市ではない。」と書かれているそうです。

ゼウス神殿。
ハドリアヌスの門の東側にあり、コリント式の最大の神殿でした。
紀元前6世紀初めごろには既にゼウスの聖域として神殿が建てられていました。
この神殿の建て替えが129年にハドリアヌス帝によって完成させられ、104本の柱が並ぶ超巨大神殿となりました。
その後ゴート族の侵入によって破壊され、現在は15本の柱のみが残っています。

とーても広い敷地。その敷地内にこじんまり建つように見える神殿が、奥行き110m、幅43mありました。

写真で見てもなかなか柱の大きさが分かりにくいのですが、高さ15メートルあります。

アテネの町中にある主な遺跡をこれで見終えました。

お土産屋さんやカフェなどが並ぶ道を歩き、アクロポリスの丘をぐるっと回ってモナスティラキ広場に戻ってきました。

お土産屋さんの店先にあった、昔のアクロポリスを再現した地図。

観光地から少し離れた宿の周りを、もう少し散策してみました。

オモニア駅周辺は現地の人の生活が垣間見れる路地が。
生活用品を売るお店や、八百屋さんなどが並んでいます。

そして、ちょっぴり危険なにおいも。

観光地とはまったく違った様子の地域でした。
何と言っていいのかわかりませんが、EUに加盟している国ではない感じ。。。
荒んだ感じが少ししています。

その地域の食堂で夕ご飯。

ケバブ。
お昼のケバブがおいしかったので♪

今日はたくさん歩きました。
2500年前の建物から現在のアテネの町の様子まで、歴史の移り変わりを見た1日でした♪

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