世界一周 北中米

チチェン・イッツァに1人で行ってきました メキシコその25

2012/06/17

2012年4月10日 火曜日

明日はいよいよメキシコを出国する日。
最後に後悔がないようにChichén Itzáチチェン・イッツァ遺跡に行ってきました。
もう遺跡はみ見たくないというKazuをカンクンに残して。

カンクンからチチェン・イッツァには自力でも問題なく行けるのですが、
バスの本数があまり多くない上に、ダウンタウンの安いところで申しこめばツアーのほうが安く、そしてお得に行けると教えてもらい、
昨夜ツアーに申し込んだのでした。

そのツアーの条件は、
移動、英語またはスペイン語のガイド、チチェン・イッツァ遺跡入場料、セノーテの入場料、昼食ビュッフェ、ホテル(もしくはその近く)までの送迎がすべて付いて、

料金は35USドルなり。

安い!

でも同じ内容のツアーでもホテルゾーンでは110ドルでした(笑)

値切ってこの値段だったので、これを目安に値切ってみてください♪

ツアーは内容盛り沢山なので、朝早めの出発。
宿はさすがにわからないので、宿の近くのホテルの前で7時に集合。

迎えが・・・・

来ない!
30分待ってもこない!!

もう明日がないのに・・・と、半泣きになりつつ・・・
なんだかんだあり、無事参加できることになりました(笑)
今日は写真がいっぱいなので、どうでもいいことは端折っていきたいと思います!!(笑)


プラザ・カラコルにあるオフィスで受付。
ここまで送迎バスが送ってきてくれます。


何台も止まっている大型バスに振り分けられ、乗車。

8時30分、やーっとカンクン出発。

カンクンからチチェン・イッツァまでは約3時間。
でも、チチェン・イッツァは今日の“オオトリ”。

本日の立ち寄り場所は3.5ヵ所。
1ヵ所目は、セノーテと呼ばれる泉。(Cenote Cabaña Suytun)
1.5ヵ所目は、Valladolidoバジャドリード(バジャドリ)という小さな街をバスの車窓から。
2.5ヵ所目は、おみやげ屋さんとお昼ごはん場所が一緒になったところ。(日本みたい!!)
3。5カ所目が、オオトリのチチェン・イッツァ遺跡。

なんと家についたのは20時半!!

さっさと本題行かなきゃっ(笑)

バスの中では器用にガイドさんが1文ずつ英語とスペイン語でいろんな説明をしていきます。

例えば、

英語:Hello~(こんにちは~)
スペイン語:Hola~(こんにちは~)
英語:How are you? (お元気ですか?)
スペイン語:Como esta usted?(お元気ですか?)


みたいな感じで永遠と・・・

かなりの情報をかなりの早口で2つの言語をおりまぜてしゃべっている中、英語だけを聴きだすのは疲れます。。。

がっつり眠り歌にさせて頂きました!!

どうして内容が盛り沢山な日は余計な話がいっぱいあるのでしょう(笑)

1ヵ所目のセノーテ。


途中にトイレ休憩をはさみ、カンクンから2時間10分。
最初の立ち寄り場所、セノーテに到着。

セノーテとは。
聖なる泉と呼ばれる天然の井戸。
チチェン・イッツァやカンクンがあるユカタン半島の大地は、石灰岩によって構成されています。
昔、海の底にあったユカタン半島では、降ってくる雨水は全て地下水脈へと姿を変えていき、同時に洞窟を作り上げました。
そして洞窟上の地盤が雨水の侵食により崩れ落ちて出来たのがセノーテです。
セノーテは全てが地下水脈によってつながっており、マヤの人達はこの地下水源から生活用水を取り出していました。

このセノーテはユカタン半島に何百、何千とあるそうです。
今日私達が訪れたのは、その内の1つ、Cenote Cabaña Suytunカバーニャ・スイトゥン?というセノーテ。

入口でチケットを受け取り自由行動。

森の奥へと進んでいくと、


井戸の囲いのようなものが出てきました。


覗いてみると、岩の真ん中に穴が。


さらにその穴を覗いてみると、人が!

今立っている真下がセノーテでした。


セノーテへの入口。


岩の中を入っていきます。


とってもキレイな顔をした少年と写真撮影できます♪
でも、私は今日は1人・・・


こちらがセノーテ。

神秘的!!


天井は鍾乳洞。


このセノーテでは泳げます。
ツアー客も水着持参で来れば泳げます!
でも、水は冷たいです・・・。


それにしてもすごい人。。。


泉の真ん中に人口の小さな半島のようなものがあり、沢山の人が並んでいます。


お目当てはマヤの民族衣装を着た人たちとの写真撮影。
1人なので近づく勇気もなく遠くから見守ります(笑)


この天井に開いた小さな穴から太陽の光が差し込むセノーテ。
これは天然の穴なのでしょうか??


ちなみにこの敷地内にもう1つセノーテがあります。
入口の外にある売店のウラにひっそりと。


でも、水は汚い。。。

これで1ヵ所目は終了。
が、2人お客さん戻って来ません。
ガイドさんが探しに行きますが、10分たっても戻ってこないので、

置いて行きました!!

これ本当。

しかもさくっとみんなに、「ね、遅れないでくださいって言ったでしょ?」って。

これメキシコ流!?

あ、でも同じ会社のバスがまだセノーテにいて、次の行き先も同じなので、そのバスに乗せてきてもらうことになったそうです。

それにしても日本では結構できないでしょ。。。
でも、本当は日本でも時間に遅れたお客さんをおいていっていいってことになっている会社もあるんですよ♪
(たしかそう教えられたはず!)

あ、また脱線してた!

セノーテから10分。
1.5ヵ所目のValladolidoバジャドリード(バジャドリ)という街にやって来ました。


小さなコロニアルな街です。

1545年にスペイン人が創設した街です。


街の中心ソカロ。
民族衣装を着ている地元の女性が写っています。
このソカロには「恋人たちのベンチ」と呼ばれる面白い形のベンチがあるのですが、さすがにバスの中からは写せませんでした。。。


ソカロに面して建つ、San Gervasio教会。
もともとここにあったマヤの神聖な神殿の石が使われて建設されたものだそうです。


可愛らしい街でした♪


バジャドリードの車窓観光を終え、向かうはおみやげ屋サン&昼食場所。

2.5カ所目、大きなお土産屋さんとランチビュッフェ。


おみやげ屋さんデカっ!!!

大型バスが10台止まっててもへっちゃら!という、巨大おみやげ屋さんに連れてこられました。


好きなマヤ文字を入れてくれるネックレスをガイドさんが販促。

ん??


これ・・・エジプトのカルトゥーシュじゃん!!(笑)
カルトゥーシュとは、古代エジプトで王の名前を記していたものです。

これを1番の売りにしているこちら。
いいのかそれで!!??
なんかマヤ文明のイメージを落としている気が。。。

買う気はないですが、おみやげは可愛いのでしっかり隅々まで見学♪

そんなお土産たちは↓


骸骨の置物。


カラフルなハンモック。


マヤ・カレンダーの壁掛け。


天然石?のアクセサリー。


石のマスク。
怖い・・・
買う人いるのかな!?


民族衣装。


木彫りの置物。


皮?に描かれたマヤ・カレンダー。


お皿たち。


可愛いけど持って帰れない!


ここは日本!?
けっこう海外のいろいろなところで見かける三猿さん、メキシコにもいました~


えっ!?みんなで落ち込んでるの??


そんな大人数で!!??
何があったんだろう。。。

おみやげが見終わったところで、お昼ごはん♪


民族衣装を着たお姉さんたちが迎えてくれました。


何百席もある大きなレストランでビュッフェスタイルの昼食。


料理はこんな感じ。
盛りすぎてよくわかりませんねw


急に大きな音楽がなりだし、民族衣装を着た人たちの踊りが始まりました。

ご飯中にまで、本当に盛り沢山。

ご飯を食べ終え、バスに戻ると・・・雨。
いよいよこれからチチェン・イッツァなのに!!


が、チチェン・イッツァに着いたらド・ピーカン☆
そこまでは回復してくれなくてもいいです!
曇りぐらいが観光しやすくていいのですが。。。。


15時、やっと遺跡の中には入れた・・・
すんごい人・人・人!!!!
ちなみに閉園17時ですよ・・・

さすがにこの遺跡を英語とスペイン語を話しながら回るのは難しいので、バス2台分を英語のグループとスペイン語のグループに分け、観光開始。


噂では聞いていた、遺跡内の連なるおみやげ屋サン。
これにドン引きしてこの遺跡が嫌いと言っていた人にも会いました(笑)

chichenitza

キター!


さっそく、この遺跡で一番のメインのピラミッド、エル・カスティーヨ。
中米に何千とあるピラミッドの中で1番有名といってもいいほど。

このピラミッドがとてもマヤの技術・知識の高さを表しています。


神殿部分がズレていることまで計算されたもの。


この写真ではよくわからないのですが、実は春分と秋分の日にここに“羽を持つ蛇の神ククルカン(別名ケツァルコアトル)”が舞い降りてくるんです。


ピラミッドの北面の階段の下にはククルカンという蛇の顔がくっついています。


ククルカンはマヤ文明ではとても重要な世界創造の神様で、羽毛に包まれてるヘビの姿をしています。

底辺がほぼ正方形のこのピラミッドは東西南北に対して、微妙な角度に傾いて建てられています。
この技術により、春分と秋分の日に、太陽が西に傾いたある時間、ピラミッドの下部に取り付けられた蛇の頭部の石像が照らし出されると同時に、階段の側面にうねるような光のジグザグ模様が浮かび上がり、頭部と合体するのです。

と、言葉で言っても分かりませんよね。

その写真が・・・


もちろん春分の日でもなく、秋分の日でもないので撮れなかったので、

“Vernal Equinox Holiday、Chichen Itza”で画像の検索をしてみてください♪
すると、本当に神秘的な天からククルカンが降り立つ姿を見れると思います。
(Vernal Equinox Holiday=春分の日のこと)

このピラミッドに隠された技術はこれだけではなく、
ククルカンの頭がついている階段の真正面に立ち、手を叩くとピラミッドの上の神殿内で音が反響します。
その音がなんと・・・

鳥の鳴き声に聞こえるんです!!!

もしツアーではなく個人で訪れている場合、階段の前で団体グループを待っていてみてください。
必ずガイドさんが実演してくれると思うので♪

ちなみに鳥の鳴き声に聞こえる音を動画で撮って来ました。

ピラミッドについてもう1つ。


このピラミッドの階段の段数は91。これが四方にあるので合計すると364。
最上部の神殿の石段を合わせると全部で365段あります。

365といえば・・・そう1年。

また、ピラミッドの各面は9層構造で、各面は階段を境に2層に分けられているので計18層。
マヤ暦は1年=18か月だったので、月を表現しているそうです。

この暦は太陽暦(ハアブ暦)といい、これと同時にマヤの人々は1年260日のツォルキン暦(月の暦)を併用していました。
いつかの記事でも書きましたが、365日と260日の重なる日が52年に1度訪れ、マヤの人たちはこの年を災いの年として恐れていました。


エル・カスティーヨの4面には52のデコボコがあり、この周期を表しているそうです。

マヤの人たちの天文学の知識と、建築技術の高さに本当に驚きなピラミッド、エル・カスティーヨです。

続いては、


ジャガーの神殿と球戯場へ。


ガイドさんが入っちゃっているのですが・・・
ガイドさんの後ろが全て球戯場。
球戯場の右上にあるのがジャガーの神殿。

これまでソチカルコ遺跡、コパン遺跡、ウシュマル遺跡でも球戯場を見てきましたが、
このチチェン・イッツァの球戯場は中米随一といわれる規模と美しさを誇ります。

まずはマヤの球戯とは。
豊作祈願の儀式といわれていたもの。
ルールは7人で構成された2つのチームが、重いゴム製のボールを肘、腰、足だけを使い地面に落とさず、壁の上部に取り付けられた輪にボールを入れると勝負がつく、ペロタと呼ばれる球戯。
この球戯がスポーツと違う点は、勝者のリーダーは神への生贄として首を切り落とされるところ。
神への生け贄は名誉であり、天国への道が約束されるということで、当時生け贄志願者は数多く、競うほどのものだったといわれています。

球戯の画像が見たい方、“Juego de Pelota”(球戯のこと)で検索してみてください。

ガイドさんの後ろに見える両脇の壁には色々な細工や装飾があり、


まず、これが球戯場の真ん中、壁の上部にあるリング。


両脇の壁の下には地面から1mほど高くなった段があります。
その段の上で両チームのキャプテンは見方からのパスを待ち、リングに向かって最後のシュート(?足ではなく腰等なのですが。。。)を放ったそうです。


両チームのキャプテンが上る段には端から端まで装飾が施されており、これはこの球戯のルールなどが絵で描かれているそうです。

リング下には両チーム総勢14人の人間が描かれ、そのうちの1人は首から上がなく、首から吹き出した血は7匹の蛇として描かれている浮き彫りがあります。
(蛇は生命と豊穣をあらわす象徴だそうです)
これがゲーム後の生贄の儀式の様子で、その浮き彫りからは勝利したチームのキャプテンは負けたチームのキャプテンによって首を切られたそうです。

そこで実験。
球戯場の真ん中で手を叩いて音の反響を確かめました。
すると・・・なんと音が1回手を叩くと7回音が反響!!
(科学的には12回とも言われているそうですが・・・)

凄い!!

これは、写真ではよくわからないのですが、両側の壁が内側に傾いてるから音が反響するそうです。

脱線。
ここまである数字が3回も登場しました。
1組7人、吹き出る血が7匹の蛇、7回反響・・・
マヤの人にとって7という数字は大きな意味を持っていたようです。

音の反響についてもう1つ。
競技場は南北に作られています。


このリングのある壁にはもう1つ計算された建築技術が使われています。


よーく見ると・・・
リングを境に左右の壁に使われている石のブロックの大きさが違うのがわかりますか??

こちら側の壁だと、左が北、右が南。

これを覚えたまま移動。


こちらが球戯場の北にある神殿。
ここには位の高い人が座り球戯を観戦していたようです。


そして北の神殿から球戯場に向かって声を出すと、
球戯場を挟んで反対側にある南の観客席まで声が届くのです。
これがあの壁に使われた石の大きさの効果だそうです。

本当にマヤの人の知識と技術にびっくりです。

マヤ文明といえば「生け贄」が有名な文明でもあります。このチチェン・イッツァには、生け贄の泉、生け贄の神殿、生け贄の球戯と、そのイメージを象徴する遺跡がたくさんあります。

そんな生贄の儀式に関連した建造物が次。


球戯場の東にある、 ツォンパントリと呼ばれる生贄の台座があります。


ツォンパントリはアステカ語でドクロの壁という意味で、その名の通り壁一面ドクロでうめつくされています。

ここで、人間の心臓を太陽に捧げたり、豊穣を祈る為に自らの心臓を捧げる儀式などが執り行われていたそうです。
また、斬首後の首もここに並べられていたようです。

最後に、


戦士の神殿。
建物上部にある戦士の神殿の入口にはククルカンの石柱と、神の使者チャック・モールの像があります。
神殿に上れないので下からはなかなか見難いのですが。。。
この神殿も生贄の儀式に使われていたそうです。

神殿入口にあるチャック・モールはお腹に鉢を持っており、ここには生きたまま胸を裂かれた生け贄の心臓が、天体の運行に疲れた太陽に捧げられていたそうです。
しかもまだドクドクしている心臓を・・・

ううう・・・


戦士の神殿の南側には1000本柱の回廊と呼ばれるがあります。


実際には225本しかないそうですが。

ここからは自由行動!
って、今16時20分。


結構日が落ちてるし、


おみやげ屋さんも撤収始めてますよ!!

ガイドさんと見て回ったところは新チチェンと呼ばれるエリア。

チチェン・イッツァには新チチェンと旧チチェンという2つのエリアがあるのです。
違いはトルテカの侵攻前からあるプウク様式の遺跡が旧チチェン。(800年代)
トルテカの侵攻後に作られたものを便宜上新チチェンと呼ばれています。


エル・カスティーヨの南側に旧チチェンへと続く道があります。

新チチェンから旧チチェンは隣とはいえ、おみやげ屋さんの並ぶジャングルの中の道を歩いて約5分。

16時半に遺跡内から観光客を追い出しにかかる警備員サンに無理を言って入れてもらった旧チチェンに到着。

ここからダッシュです(笑)


高僧の墳墓と言われるピラミッド。


赤い家。


旧チチェンの目玉、マヤの天文台カラコル(カタツムリの意味)。


ドーム型の建築物は、この時代の中米では非常に珍しいようです。

観測窓は天体の運行に合わせて設けられているそうで、カラコルもエル・カスティーヨと同じく、春分と秋分の日、太陽と月の場所を正確にとらえるための観測窓に光が差すそうです。
マヤの人々は、太陽と月の動きを完全に把握していたんですね~


尼僧院が見えてきました。


プウク様式が色濃く残る、チチェン・イッツァの中でも古い遺跡。


プウク様式の特徴、モザイクのような浮き彫りが壁一面。
10日ほど前に行ったウシュマル遺跡もこのプウク様式の遺跡。
似てますよね??
そして、雨神チャックの顔がこの建物にもいっぱい。

ピーピー笛を吹かれて追い出されるので、ここで旧チチェンはタイムアップ(笑)
10分も見れなかったし!!(笑)


もうそっちに行っちゃダメと、出口に向かわされましたが、最後に見納めするため抜け道を探して戻って来ました(笑)


多分ガイドさんなしにこの遺跡にきていたらこんなに感動しなかったんだろうな~

来てよかったチチェン・イッツァ!!

コパン遺跡→ティカル遺跡→パレンケ遺跡→ウシュマル遺跡→チチェン・イッツァ遺跡
と、マヤ遺跡を巡って来ましたが、どの遺跡も素敵で日本に帰ったら絶対マヤ文明について調べようと思うほど、魅了されました。

これで思い残すことなく日本に帰れる!!

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