世界一周 南米

マチュピチュ!! 発見100周年最後の日にあの感動的な景色に出会った。 ペルーその10

2012/01/23

2011年12月31日 土曜日

もう大みそか。こんなに大みそか感を味わない大みそかは人生初めて。

大みそかに大掃除をしたことはあっても、こんなにアクティブな大みそかを過ごしたことはありませんでした。

アクティブに動いた2011年の大みそかは、あの憧れだった世界遺産マチュピチュに行っちゃいました!!

朝4時半、起床。

早ッ!!!!

昨日、クスコから12時間かけてマチュピチュ遺跡のふもとにあるマチュピチュ村にやってきていました。
バックパッカー的な方法で。
そのガイドブックには載っていない方法が気になる方は、とっても長い(笑)昨日のブログを読んでみてください☆

朝起きると…
昨日の“11キロ、スタンド・バイ・ミー的ウォーク”が足にかなり残っています。

こんな調子でワイナピチュ登れるのか!?と、心配しつつ、バス乗り場へ。


5時、バス乗り場に到着。

ここマチュピチュ村からマチュピチュ遺跡まではバスで約30分、標高差約400mを一気に登ります。
もちろん徒歩でもいけます。所要2時間くらい。
が、私たちは遠慮します!!!(笑)

こんな早いのに私たちの前にはもうすでに100人ぐらいの人が並んでいました。


昨日バスのチケットを買っておいたので、そのまま列の後ろにつきます。

バスを待つ行列の道路の反対側にはチケットを買い求める行列。
やっぱり、事前にバスチケットを購入しておくことをお勧めします!!


そしてマチュピチュ村の朝は早いようで、バス停周りのキオスクは開店していました。
昨日、今日のためにお昼ごはんや水を買い込みましたが、ここでお昼ごはんも水も調達できるようです。


さらに、朝食を売り歩くおばちゃんたちも。

マチュピチュ行のバスの始発は5時半。
でも、バスは1台だけではありません。

5時35分、
私たちは4,5台目のバスに乗りマチュピチュ遺跡に向けてマチュピチュ村を出発。

いよいよ。

マチュピチュ村を出たバスは川を渡って、つづら折りの山道、ハイラム・ビンガム・ロードをくねくねと登って行きます。

6時、
マチュピチュ遺跡入口に到着。

マチュピチュの開園時間は6時~17時半。


ちょうど入園が始まったばかりの様。
1人ずつチケットとパスポート(コピー不可)を提示するので、ちょっと時間が掛かります。

並んでる列にはライセンスを持ったガイドさんが自ら「ガイドいりませんか~」と、客引き。
ちょっとびっくり。


みるみるうちに入場待ちの列はこんなに伸びていました。

ちなみにトイレはこの入口横(遺跡の外)にしかないので、トイレを済ませてから遺跡内へ入場されることをお勧めします。
大きな荷物を持っている人は、トイレ横と入場後、入口横で預けれます。
遺跡内のほう若干安いです。

6時15分、マチュピチュ遺跡に入場!!

ついに目の前にあの景色が!!

でも、とりあえず私たちはこの景色は後!と、マチュピチュ遺跡入口と真反対にあるワイナピチュ入場門を目指します。

ワイナピチュ
マチュピチュ遺跡は標高2940mのマチュピチュ山(ケチュア語で“老いた峰”という意味)と標高2690mのワイナピチュ山(ケチュア語で“若い峰”という意味)を結ぶ尾根の標高2400m地点にあります。
ワイナピチュ山の頂上からはマチュピチュ遺跡全体が見渡せ、絶景が広がっていると有名。

2011年7月からはマチュピチュ遺跡への入場制限が設けられ、1日2500人までと制限されました。

ただし、ワイナピチュにはさらに厳し入場制限があり、1日400人までです。
この400人は、朝7時~8時の間に200人、10時~11時の間に200人と決められており、
以前は直接ワイナピチュ入場門で整理番号を配っていたそうですが、
2011年12月31日現在、チケットは事前予約制へと変わっています。

詳しいチケット購入方法は以前のブログでご紹介しています♪

私たち4人は1週間ほど前、このワイナピチュ入場を含めたチケットを残りわずかというときに無事とれたのでした。

私たちのチケットは7時~8時の部。

チケットをすでに持っているので、7時から8時の間に行けばいいのですが、
情報によると、ワイナピチュの頂上はスペースが狭いそうで、早めに登って場所取りをした方がいいとのこと。


ということで、霧に包まれて神秘的なマチュピチュ遺跡の中を小走り!!

遺跡のど真ん中は立ち入り禁止なので、とりあえずワイナピチュ方向に向かってくねくねと見学コースを進みます。

もうすぐ、ワイナピチュ入口。というとき、私たちの行く手を阻む方々が・・・。


マチュピチュの住人リャマさん。


スミマセン…通してください。


何とかリャマさんに後ろ足でけられることもなく、ワイナピチュ入口に到着。

6時40分の時点ですでに10人ほどの人が並んでいました。
みんな考えは同じようです。

入場を待つ間目の前にそびえるワイナピチュ山は…


恥ずかしがっているご様子。

朝7時、ワイナピチュ山入場開始。

入口で名前と入場時間をノートに記入します。

実はこのワイナピチュ山登山、毎年落下事故がおこるほど急こう配な登山道のようです。

最初は快調に下って行きます。
が、それもつかの間。


目の前に仙人が住んでいそうな山が!

そう、これがワイナピチュ山。
真ん中に細い登山道があるのが見えますか?


最初は人が十分すれ違えるほどの石段を登って行きますが、


上に行くにつれ、石段の幅は狭まり、ロープを使わないと登れないところも出てきます。

標高3400メートルのクスコで慣らしてきたはずが、
標高2600mほどなのに、息が上がります。


最後の方はけっこう無茶な道。


お相撲さんは通れません!(笑)


前の人がちょっとメタボな人。
通り抜けるのに苦労してました。


頂上近くになると遺跡が。

最後も、岩の中をくぐって、梯子を上り、


登頂成功!!

休憩時間いっぱいとって1時間弱で登ってきました。

が・・・
マチュピチュさんは隠れてます。


みんなで霧が晴れるのを待ちます。
ほんとに頂上にはスペースがほとんどありません。
それは一瞬。


晴れた!!


隠れた・・・


晴れた!!!!

隠れた・・・
でも、霧がかかっているほうがマチュピチュっぽいですよね!!


どんどん人が増えていく頂上。


居場所がないのでこんなところにも。

頂上で30分ほど、霧のマチュピチュをぼんやり見てました。


頂上から降りるときは、反対側を下ります。


危ないのでゆっくりゆっくり。


後ろの高所恐怖症の人はギャーギャー言いながら降りていました。


確かに、滑ったら落っこちちゃいますね・・・。


本当にラピュタのように空に浮かんでいるよう。


こんなところに石を運んで建物を作るなんてすごいな~と、感心しながら下って行きます。

その時、雨が!!!

登ってくるとき、写真は帰りに撮ろう!と、ほとんど写真を撮っていなかったのに、

雨。

泣く泣くカメラは袋の中。

でも、雨じゃなくても、帰りは登ってくる人とすれ違うため、写真を撮るために立ち止まる暇も、スペースもなく、さくさく降りなければなりませんでした。

最後ののぼりでへとへと。

9時半、ワイナピチュ出口に到着。
出口でパスポートを出してと言われて出すと・・・

スタンプをもらいました。
(本当はパスポートに出入国以外のスタンプを押しちゃいけません!!)

もう膝がガクガク!!
昨日の疲れと、ワイナピチュ登山でかなりの疲労具合・・・

大丈夫か私たち!!??


下ってくると雨が止んでいました。

ここで、マチュピチュ遺跡出口(入口と同じ)へと向かいます。

もう帰っちゃうの!?

いやいや・・・

休憩のため。

実は、クスコでペルー居住歴20年以上、マチュピチュには500回以上登っている!
という日本人の、デザイナー兼ガイドの方に偶然お会いし、

“マチュピチュのオススメ、丸1日満喫方法”というのを伝授していただいてきたのです。

これがベスト!というその方法は、

1、入場と同時に、見向きもせずワイナピチュ入口を目指す。(遂行済み)
2、ワイナピチュを下ったら一度出口を出て、休憩。
(マチュピチュ遺跡の中にはトイレはありません。そして遺跡内では食事、喫煙禁止。本当は食べ物の持ち込み自体禁止ですが、チェックされないので持ち込み、入口の外で食べるというのが暗黙のルール!?)
3、トイレ、休憩を済ませ再度入場。(マチュピチュ遺跡には1日に何度でも出たり入ったりできます)
4、マチュピチュ遺跡を見学。
5、再度、遺跡の外に出てお昼ごはんとトイレ休憩。
6、“太陽の門”から、マチュピチュ遺跡とワイナピチュの絶景を眺めてシメ。
7、5時半の最終バスに遅れず乗って帰る。

だそうです。

ということで、私たちはその方の助言に従って、
ワイナピチュを下った後、一目散に出口へ。

もうバスに乗って帰ってる人がいるのは何で!?


遺跡入口横にはきれいな休憩スペースと、売店があります。
ハンバーガーなどが食べれますが、高い!!
日本の観光地くらい?

お昼ごはんを早めに食べ、トイレを済ませ、

10時45分、再度遺跡の中へ。

ただし、伝授してもらった行程4のマチュピチュ遺跡内の見学は後にして、先に太陽の門を目指すことにしました。

だって、もうへとへとだから。

遺跡を見学した後になんて太陽の門には絶対行く気力がないはず。
やっぱり昨日歩かなかった方がよかったかな・・・。

遺跡入口を入ったところで思い出しました。

スタンプもらっていこ♪

普段は入口入ってすぐの左横の部屋だけだそうですが、


外に100周年記念のスタンプが。


本当はダメだけど、パスポートに押しちゃいます♪

右上がワイナピチュを登った記念にもらったスタンプ。
右下が入口左横の部屋の中で押してもらった通常のマチュピチュスタンプ。


そしてこれが、マチュピチュ発見100周年記念スタンプ。


太陽の門へは遺跡手前のけもの道を登って見張り小屋のほうへ。

ひいひい言いながら見張り小屋の下まで登るとそこには・・・


この景色が!!
いつも見るマチュピチュはここから撮られてるんだ!!


でも、一瞬で霧の中に。

ここから私たちは遺跡とは反対方向に延びるインカ道をひたすら歩いていきます。
インティプンク、太陽の門を目指して。


綺麗なインカ道。

その先には


棚田。
マチュピチュ遺跡の中にある棚田とは別の物。

太陽の門への道の途中にはワイナピチュからでも見える大きな岩が。


大岩の墓跡。

儀式で使われていたのだとか。
人と犬の骨がこの下から見つかったそうです。


マチュピチュ遺跡と太陽の門の真ん中?くらいにある、“儀式の石”。

この石を囲むような遺跡はタンボと呼ばれる宿泊施設跡があります。

周りはいまだに霧!!

太陽の門を目指してマチュピチュ遺跡入口を出発してから1時間10分。


太陽の門、インティプンクに到着!!


インティプンクはマチュピチュを目指してインカ道を歩いて来た人が、初めてマチュピチュを見ることが出来る門で、
マチュピチュの入口みたいなものでしょうか。

遺跡自体はこじんまり。


これが昔のマチュピチュにやってくる唯一の道でした。
太陽の門の裏側にはインカ道が続いています。

4,5日かけてインカトレッキングをしてやってくる人たちはここからくるそうです。

どうやら私たちは運がいいようです。
太陽の門に着いた瞬間、それまで霧に包まれていたマチュピチュが・・・


見えてきた!!


そして太陽の光も!!

手前の山の斜面に見えるのがハイラム・ビンガム・ロード。
朝バスで登ってきたつづら折りの道。

左側の緑がないところがマチュピチュ遺跡、右のとんがった山がさっき登ったワイナピチュ山。

入場制限も、追加料金もないのに、
ワイナピチュからよりもマチュピチュがきれいに見える!ともいわれる太陽の門からの眺め。

せっかく綺麗に晴れたので景色を堪能していきます。

太陽の門からマチュピチュ遺跡への帰り道が最高でした。


ずーっときれいな景色が見れるから。

そして、色んな花や昆虫にも出会いました。

それは後日ブログに載せたいと思います!


タンボ(宿泊施設)跡から見たマチュピチュ遺跡。


綺麗に晴れ渡ったマチュピチュ遺跡に戻ってきました。


は~いい景色。

もう、オススメ法に従って出口を出たら、戻ってくる気力がなくなりそうだったので、このままマチュピチュ遺跡内を見学していきます。

今更ながら…
マチュピチュとは。
2400mメートルの断崖の上にあり、山裾からはその存在を確認できないことから“空中都市”または“失われた都市”とも呼ばれるこの遺跡。

マチュピチュはインカ第9代皇帝パチャクティによって1450年ごろ建設されたと言われている。
総面積は5平方km、その約半分の斜面には段々畑が広がり、西の市街区は神殿や宮殿、居住区などに分かれ、周囲は城壁で固められている。

16世紀半ば、インカの人々は高度な文明が栄えたマチュピチュを残し、さらに奥地へと消えてしまう。
その後400年以上にわたって人の目に触れることなく、1911年にアメリカ人歴史学者ハイラム・ビンガムが初めて見た時には、草に覆われた廃虚となっていた。

マチュピチュにまつわる多くの謎は、未だに解明されていない。

では、さっそく遺跡を見て歩きます!
ただし、へとへとなので駆け足で(笑)

まずは、


見張り小屋。


葬儀の石。見張り小屋の近くにある。

ここはマチュピチュ遺跡入口から200メートル登ったところ。

ここからの景色が最高!!


ほいっ!!

あまりにも景色がきれいすぎて写真を激写。

このブログに使う写真を選ぶのに10分以上もかかっちゃいました(笑)


いいところにやってくるマチュピチュの住人リャマさん。


こんな写真を撮りたくて広告会社が連れてきたリャマが、そのまま野生化したそうです。

景色を満足するまで見た後は、遺跡のほうへ。


段々畑と市街地のはざま。


市街地への入口。


石切り場。


3つ窓の神殿。


主神殿。


素晴らしい石組の窓。


インティワタナ、日時計。


市街地にある素晴らしい石組の壁その1。


市街地にある素晴らしい石組の壁その2。


市街地にある素晴らしい石組の壁その3。


遺跡内を流れる水路。


16ある水汲み場の1つ。


王女の宮殿の入口?


内側から。


太陽の神殿。


太陽の神殿の下にある陵墓。
ミイラが安置されていたそうです。


アンデネスと呼ばれる段々畑。
じゃがいも、トウモロコシ、コカの葉が栽培されていたそうです。


マチュピチュ見納めの1枚。

バイバイ。
いつかまた来たいな♪
今度はワイナピチュも太陽の門もいいから、ゆっくりのんびり観光したい(笑)

出口を出たらバスを待つ長蛇の列。

でも次々にバスがやってきたのですんなり乗れました。

マチュピチュ村に戻ってきて、


マチュピチュ駅横の民芸品マーケットを横切って宿へ。

宿に着いてへとへとな体をベッドに横絶えず、もう一度外へと出かけました。


マチュピチュ村のメインストリートを北東の方向に登って行きます。

ツラい・・・でも、もうすぐ。

そう、私たちがやってきたのは・・・マチュピチュ村の旧名アグアス・カリエンテスと呼ばれていた所以の・・・温泉!!


1人10ソレス(約300円)を払って温泉へ。


でも、入口から温泉まで遠い!!

体のあちこちが痛いのに・・・


入口から約5分歩いてやっと温泉に到着。


地元の人がいっぱい!!

ちなみにお湯はもともとこんな色だそうです。

トイレと更衣室、荷物預りロッカーのみのシンプルな温泉。

シャワーはないので、そのまま温泉にドボン。

硫黄臭い温泉。
温度はちょっとぬるいかな~。

でも、1年以上シャワーしか浴びていない私たちは、それでもう湯に酔い気味(笑)
大丈夫か日本人!?

心なしか疲れ切った筋肉がましになった気がしました。

宿にお風呂道具を置いて再度お出かけ。

今度はおおみそかディナーへ♪

町は年越しの準備で、黄色一色。
どうやらペルーの年越しは黄色の何かを身に着けてするようです。

メニューを持つインディヘナのおばさんも…


年越し仕様。

サンタの格好をしたおじさんも…


年越し仕様。
クリスマスの服を脱いでからでもいいのでは。。。


マチュピチュ村の中心アルマス広場も年越し準備がされていました。

大みそかディナーを食べるレストランはこのアルマス広場を見下ろせるお店。
物価の高いマチュピチュ村で、そんなに高くなく外食できる中華料理のお店です。

アルマス広場に面した建物2階にあります。

でも、ペルー中華料理です!


メニューには野菜パスタと書いてありました。
が・・・

どう見てもあんかけ焼きそばにしか見えないのですが。


アルパカのお肉入りチャーハン。

アルパカのお肉はくせがありませんでした。
チャーハンになってるから?

おなかもいっぱいになったので、年越しまで宿へ(笑)

着いてすぐ、私を除く3人は寝ちゃいました。

絶対年越しに起きないでしょ!!!!

と、疑いながら、そんな3人の横で私はブログを書きながら年越しを待ちます。

それしかすることがない大みそかってさみしい泣
さらに追い打ちをかけるように、

停電!!

しかも、あたり一帯すべてが停電してる模様。

そんな停電は1時間ほども続き、
年越し前に体をきれいにしておこうと、停電が解消した後にシャワーを浴びていると・・・

プツンっっ・・・

えーーーー!?

水シャワーを浴び、暗闇で服を着てシャワーからでました。

そんな停電なんて気にせず寝ている3人。

23時30分、「時間だよ。」
と、起こしますが、

起きたのはあっちゃんだけ。

やっぱり。。。

さらに、今日はマチュピチュ遺跡で運を使い果たしたのか、

土砂降りの雨が降り始めました。

・・・

でも、宿でただ単に2012年を迎えるのは嫌だったので、

あっちゃんと2人カッパを着込み、
アルマス広場へ。


無事年越し前に、雨で年越しの飾りが濡れてしまっているアルマス広場に到着。

そこには土砂降りの雨の中、そんなことを気にせず(微妙な)バンドの音楽に合わせ踊る人々がいました。

いつの間にか歌を歌いながらバンドの人たちがカウントダウンを始め、
いつの間にか2012年を迎えていました(笑)

先ほどまでも爆竹や手持ち花火がパンパンなっていましたが、


より一層激しくなり始めました。


周りでは頭の上から黄色の紙ふぶきをかけられた人々が新年のあいさつを言い合っていました。

そんなノリについて行けない私たち2人は、そそくさと宿に戻ることに。

旅を始めて半年。
今までで一番危険な道でした。

そこらじゅうで爆竹が。
中には下の通行人を確認することなく、2階の窓から火のついた爆竹を落としてくる人たちも。
曲がり角の向こうからはロケット花火が飛んできて、ビーサンを履いた私の素足に激突。

痛いし、怖いし、うるさいし。。。

怒鳴りつつ泣きそうになりながら、もうダッシュで宿に戻った2人でした。

宿の前にはどうやら年越し前にベッドから抜け出し、地元の人とこじんまり年越ししたKazuが。
マサ君は相変わらず、年が2011年から2012年になったことに気づきもせず、すやすやと夢の中。

クスコで1日歩き回って探した、幻の年越しそばの代わりに持ってきたインスタントラーメンをゆでて、


年越しラーメンを食べ、

もう限界と悲鳴を上げている体をベッドに落ち着かせてあげました。

2011年の大みそかは決して忘れることのないほど中身のいっぱい詰まった1日になりました。

改めまして、

明けましておめでとうございます!!
2012年が皆様にとって素敵な1年になりますように☆

駆け足で世界旅をしている私たち2人はあと3か月半ほどで日本に戻り定住する予定です。
その時まで、今までよりさらに充実した旅が送れるよう努力します!(笑)

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